ハワイを訪れると、さまざまな場所でフラを見ることがあります。
ホテルのショー。
イベント。
ビーチのそばのステージ。
ゆったりとしたハワイアンミュージックに合わせて踊る姿は、
私たち日本人にとっても、
「ハワイらしい風景」のひとつです。
でも
フラは、もともと観光客を楽しませるために生まれたダンスではありません。
それどころか、かつてのハワイでは——
フラは、歴史や神話、そして人々の記憶を伝える大切な役割を持っていました。
文字を持たなかったハワイ
昔のハワイには、現在のような文字による記録文化がありませんでした。
では、
王や首長たちの系譜。
神々の物語。
土地にまつわる出来事。
大切な人の記憶。
そうしたものを、どうやって次の世代へ伝えていたのでしょう。
その役割を担ったもののひとつが、
オリ(Oli)とメレ(Mele)。
声による詠唱や歌です。
そして、それらの言葉を身体の動きによって表現する文化として、
フラ(Hula)
がありました。
つまりフラは、
ただ音楽に合わせて踊るものではありません。
言葉と身体によって、物語を伝えるものだったのです。
手の動きには、意味がある
フラを見ていると、
波のように手を動かしたり、
空を指したり、
花を表すような仕草をしたりします。
あの動きは、単に美しく見せるためのものではありません。
海。
風。
雨。
花。
山。
人。
愛。
そして、その土地にまつわる物語。
歌われているメレの言葉や情景を、身体を使って表現しています。
だからフラを見るとき、
踊りだけを見るのではなく、
「この人は何を伝えようとしているんだろう」
と思って見ると、少し違って見えてきます。
昔のフラは、今とは少し違った
私たちがよく目にするフラには、
華やかな衣装や美しい音楽というイメージがあります。
しかし、フラにはさまざまなスタイルがあります。
その中でも古い形式を受け継ぐものが、
フラ・カヒコ(Hula Kahiko)。
イプと呼ばれるひょうたんの楽器や太鼓などのリズム、そしてチャントに合わせて踊ります。
一方、19世紀以降、西洋音楽などの影響を受けながら発展したスタイルは、
フラ・アウアナ(Hula ʻAuana)
と呼ばれます。
ウクレレやギターなどの演奏に合わせた、私たちにも馴染みのある優雅なフラはこちらです。
どちらが「本物」ということではありません。
時代とともに姿を変えながら、
フラという文化が受け継がれてきたのです。
フラが消えそうになった時代
ハワイに西洋の宣教師たちがやって来ると、
ハワイの伝統文化にも大きな変化が起こりました。
フラもそのひとつです。
19世紀には、フラが公の場から遠ざけられていった時期がありました。
しかし
その文化がなくなることはありませんでした。
そして、フラの復興に大きな役割を果たした人物がいます。
デイヴィッド・カラカウア王。
「陽気な君主(Merrie Monarch)」とも呼ばれたハワイ王国の王です。
カラカウア王は、失われつつあったハワイの文化を大切にし、
フラやチャントなどの伝統文化を再び公の場へと戻していきました。
現在、ハワイ島ヒロで開催される世界的に有名なフラの祭典、
メリーモナーク・フェスティバル
の名前も、このカラカウア王に由来しています。
フラは「記憶」なのかもしれない
ハワイのフラについて調べていると、
私は少し不思議な感覚になります。
私たちは何かを残そうとするとき、
文字を書きます。
写真を撮ります。
動画を残します。
でも昔のハワイの人たちは、
言葉を覚え、歌い、身体を動かすことで記憶を残してきました。
誰かが踊り、
それを誰かが覚え、
また次の人へ伝える。
そうやって何世代にもわたり、
土地の物語や人々の記憶が受け継がれてきた。
そう考えると
フラを見る目が、少し変わります。
次にハワイでフラを見たら
きれいだな。
優雅だな。
そう感じるだけでも、もちろんいいと思います。
でも、ほんの少しだけ、
その手の動きや表情を見てみてください。
その向こうには、
海があり、
山があり、
風があり、
神々の物語があり、
そこで暮らしてきた人々の記憶があります。
フラは、
ただの「ハワイのダンス」ではありません。
ハワイの物語を、身体で語り継いできた文化。
そう知ってから見るフラは、
きっと今までとは少し違って見えると思います。